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福山雅治の新曲

以前は福山雅治のファンだったので、

年越しの感謝祭に行ってみた。

金儲けのためなのか、普通は1万人しか入らないところに

1万5000人も詰め込んだそうで、

チケットを購入したときにはそんな大規模になると聞いていなかった

私は、大変な目にあった。

基本的に人だらけのところには苦手だし、頭が疲れる。

普段ほとんど家にいる私は、そのあと正月3日間ほど

寝込む羽目になった。

そのうえ、その疲れただけの場所で新曲を聴いてしまった。

なんでも、日テレの「ニュースZERO」という番組の

テーマ曲だかエンディングだかに使われるそうで、

本人曰く、「命をテーマに歌詞をかいてみた」そうだ。

そこで、「人を憎み、人を赦し、人を愛す」だったと思うが、

そんな歌詞があった。

私は、この赦すという常用漢字ではない漢字をあえて使ったことが

許せない。

憎しみは嫌いとは全然違うレベルの感情だ。

しかも赦すの「赦」は恩赦の「赦」であって、

恩赦は天皇が行っていた行為だ。

罪を犯した人に対して、特別に罪自体をなくしたり、

減刑したりするのが恩赦であり、「赦」は普通の許すとは

大きく意味が違う。

そのうえ、ここで常用漢字の「許す」を使ったとしても、

普通の人間のレベルで憎んでいる人を許すなんてことは

ほぼないと思う。

距離をとるとか、その人のことを忘れようとするとか、

その人をどうでもいい存在と思うとか、そういうことはあっても、

許すなんて感情に行きつくわけがない。

憎しみが違う感情に変わる、時間とともに変化するということは

ありえそうだが、許すことはとてつもない時間と苦しみと忍耐が

必要だと思う。

それを、あんなに簡単に歌われると腹が立つ。

当日はスクリーンに歌詞が出ていたのだが、

それを見ていた私は、ひどく不愉快になった。

どういうつもりでその歌詞を書き、その字を使ったのか

ということは分からないが、

私としては、バラードで感情をこめて歌うことが必要な曲なら、

自分の経験の範囲内で、自分が使っている言葉で歌うほうが

よっぽどましだと思う。

少なくとも、「ゆるす」という言葉を普段使う時に、

漢字として「赦」を想定して発言している人は皆無だろう。

誰が犯罪者を赦すということをしているのだろうか?

去年の漢字が「変」に決まったのだって、

秋葉原の事件も「変」だと社会が決めつけたからだろう。

人を殺した人も、人に傷を負わせた人も、犯罪者だ。

それならば、その人たちも赦すのだろうか?

犯罪を犯した人の心理もわかろうとしない社会で、

「赦す」なんて言葉はあまりにもかけ離れた言葉だ。

理想郷じゃあるまいし、適当によさそうな歌詞を並べて

バラードっぽくしたてて歌うなんて私の価値観とは

かけ離れた価値観の持ち主だ。

ファンクラブの期限が切れるまで、まだ5か月もある。

会報が送られてきても読むことはないので、

途中で退会したいくらいだ。

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